「1年以上使っていないなら、これからも使わない」。物を見直すときによく聞く基準です。日用品や服を分ける場面では役に立つことがあります。
けれど、子どもが小さかったころの絵、亡くなった人から届いた手紙、もう弾かない楽器まで、同じ基準では決められません。使っていなくても、目にすると自分の時間がつながる物があります。
役に立つかどうかだけで物を見ることを考え直す話が、『荘子』にあります。
大きく曲がった木は、材木にならない

『荘子』内篇「逍遥遊」には、恵子が大きな木について話す場面があります。幹はこぶだらけで、枝も曲がり、材木として使えない。道端にあっても大工は見向きもしない木です。
恵子は、その木を「無用」だと考えます。荘子は、何もない広い場所に植えれば、そのそばを歩き、木陰で休めるではないかと返します。
材木という一つの用途から外れたことで、その木は切られずに残り、別の関わり方が生まれます。
この話は「役に立たない物には、必ず隠れた用途がある」という教訓ではありません。『荘子』の別の篇には、役に立たないために命を失う雁の話もあります。役に立つ、立たないを固定した答えにせず、その物差し自体を問い直すところにおもしろさがあります。
思い出の品は、日用品とは役割が違う

マグカップは飲み物を入れるために使います。壊れて使えなくなれば、役目を終えたと判断しやすい物です。
一方で、旅先で買ったマグカップには、飲む道具とは別の意味が加わっていることがあります。使わずに棚へ置いてあっても、その旅や一緒に行った人を思い出すきっかけになります。
だから、日用品と同じ「最近使ったか」で分けると迷います。思い出の品には、使う頻度ではなく、どんな記憶とつながっているかを聞いたほうが合います。
残すことと、全部を抱えることは同じではない

意味のある物を残してよいと考える一方で、量が増えすぎて保管が苦しくなる場合もあります。見返したい写真が箱の奥に埋まり、何を持っているか分からなくなれば、残したかった関係も見えにくくなります。
そんなときは、手放すか残すかを急いで決める前に、思い出の品だけを日用品から分けます。人別、時期別、出来事別など、自分が思い出しやすいまとまりを選びます。
箱の大きさを先に決める方法もあります。全部を同じ箱へ押し込むのではなく、その中で見返せる状態を保てる量を考えます。大きな物は写真に残す方法もありますが、現物の手ざわりが大事なら無理に置き換える必要はありません。
「何に使うか」以外の質問をする

判断に迷う思い出の品を一つだけ手に取ります。
最近使ったかではなく、何を思い出すか、持っているとどんな気持ちになるか、これから見返したいかを確かめます。残すなら、存在を忘れず、傷めずに置ける場所があるかも見ます。
答えが出ない物は、保留箱へ入れて見直す日を書きます。迷ったまま日用品の棚へ戻すより、考え途中の物として場所を分けられます。
物の価値を実用だけで測らないことと、すべてを持ち続けることのあいだには、いくつもの選び方があります。大きく曲がった木の話は、いつもの物差しでは見えなかった関わり方を考えるきっかけになります。
参考資料
- Chinese Text Project: 『荘子』内篇「逍遥遊」大樹の話
- Chinese Text Project: 『荘子』外篇「山木」
- Stanford Encyclopedia of Philosophy: Zhuangzi
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ライフオーガナイザー®として、特にADHD傾向のある方や片づけが苦手な方をサポート。完璧主義や罪悪感、思い込みなど、片づけの障害となる心理的要因に寄り添い、無理なく続けられる仕組みづくりを提案しています。
2012年からこの分野を学び、2023年にアメリカの専門団体「Institute for Challenging Disorganization®」にて日本人初のCPO-CDを取得。
「片づけの負担を減らし、自分らしい人生を楽しめる人を増やしたい」との思いで活動中。




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