「ゴミ屋敷」という言葉で検索して、ここにたどりついた方へ。
この記事は、片づけ業者を紹介する記事でも、「すぐに片づけましょう」と急かす記事でもありません。ご自身の家のことで悩んでいる方や家族の家が心配で調べている方が、誰かを責める前に一度立ち止まって、その家で何が起きているのかを見るための記事です。
「ゴミ屋敷 原因」と調べると、いちばん多く目に入ってくるのは「だらしないから」「怠けているから」という見方だと思います。その見方をいったん下ろしてみてほしいんです。
その呼び名は、人まで「ゴミ」のほうに入れてしまう
「ゴミ屋敷」は、外から貼られた呼び名です。住んでいる人が自分でそう名づけたわけではなく、近所の人やテレビや記事がある状態の家をまとめてそう呼ぶようになりました。
でも、そこは人が毎日寝起きしてごはんを食べ、年を重ねてきた場所です。その場所を「ゴミ」と呼ぶと、物に貼られたはずのレッテルがそこで暮らす人にまで伸びていきます。画面に映る家を見ているうちに住んでいる人のことを「困った人」「何かが欠けている人」と見るようになってしまう。
オーガナイズの現場で私が会ってきたのは、画面に映る「ゴミ屋敷」ではなく、いつも事情を抱えた一人の人でした。
昔はちゃんとできていたんですよ、と話す一人暮らしの年配の方がいます。ここ何年かで体が言うことをきかなくなって、しゃがむのもひと苦労で床に落ちたものを一つ拾うだけでいったん休まないといけない。それに一つひとつに思い出があって、まだ使うかもしれないと思うと手が止まってしまう。迷惑はかけたくないけれど、急に全部は無理なんです、と。
その方が取っておいた物を、外から一括りに「ゴミ」と呼ぶことはできません。安全のために動かしたほうがいい物もあるでしょう。それでも本人にとっての意味を聞かないまま同じ言葉で片づけてしまうと、体が思うように動かないことも、手放しにくい理由も見えなくなります。
起きているのは「怠惰」ではなく、事情が重なったこと
こうした状態は、怠けているから生まれるものではありません。私が見てきたかぎり、たいていは2つのことが重なっています。
1つめは、その人の状態です。物が増えていくのを止めにくかったり、片づけの段取りを組み立てるのがもともと苦手だったり、気分が長く落ちこんでいたり、体が思うように動かなくなっていたりする。本人が選んでそうしているのではなく、意志でどうにかしようとしてもなかなか言うことをきかない部分です。
2つめは、その人を取り巻く事情です。お金や手伝ってくれる人が足りないこと、大切な人を亡くしたこと、暮らしに追われて片づけにまわす時間が残っていないことなどです。
この2つが重なって、暮らしが回らなくなっていきます。若いころからずっと片づけに苦労してきた人もいれば、それまでふつうに暮らしていたのに年を取ったり連れ合いを亡くしたり仕事を辞めたりといった変わり目をきっかけに、少しずつ回らなくなった人もいます。
専門の人と話して名前がつき、自分を責めなくてよくなったという人もいます。困るのは、まわりがその名前を使って「病気だから危ない」「治らない人だ」とひとまとめに見るときです。それもまた人を遠ざける新しいレッテルになり、「怠けている」を外したのに「病気だから」を貼りなおしたら、その人を名前の後ろに押しこんで見なくなるのは同じです。
見たいのは名前ではなく、いま体や気持ちはどんな具合か、手伝ってくれる人はいるのか、物の一つひとつにどんな意味があるのかということです。どれも外から見て決めずに、本人に聞きながら一緒に見ていきたいと思っています。
嫌だと感じることと、人を裁くことは別
物があふれた家を見ると、強く嫌な気持ちになることがあります。汚れや乱れを避けたいという感覚は長い時間をかけて私たちの暮らしに染みこんできたものなので、そう感じるのは冷たいからではありません。
気をつけたいのは、その反応を住んでいる人への評価にすり替えないことです。状態にひるむことと、「こんな家にしている人は人としてだめだ」と裁くことは、別のものです。
いちばん苦しいのは、この反応を本人が自分に向けてしまうことです。「こんな家にしている自分は、人としてだめなんだ」と自分に言い渡すと恥ずかしくて誰にも言えなくなり、人を家に入れられなくなってますます動けなくなります。
そして「片づけられない」と「ゴミ屋敷」のあいだに、くっきりした境界線はありません。体を壊すことや大切な人を亡くすことは、生きていれば誰にでも起こりえます。画面の向こうの人は、別の種類の人間ではないんです。
いま自分の家のことが気になってこれを読んでいる方もいると思います。家が回らなくなっているのは、多くの場合あの年配の方と同じように事情が重なった結果で、あなたに人として何かが欠けているからではありません。自分の家を見るときも責める前に、いま体はどのくらい動くのか、手伝ってくれる人はいるのかというところから見てかまいません。
急がなくていい。でも、先に空けたい場所はある
「ゴミ屋敷」の話には、何人もの人が入って一日で家を空っぽにする場面がついてまわります。でも、一つひとつに意味のある物を外から来た人にまとめて持っていかれるのは、本人にとってとてもつらいことが多いんです。物の扱いは、本人のペースで一つずつでかまいません。
ただ、命に関わるところは別です。通り道が塞がって逃げ道がない、コンロやストーブのまわりに燃えるものが積んである、階段や廊下に足を取られそうなものが出ている。こういう場所だけは、物をどうするか決める前に空けてください。空けるといっても捨てる必要はなく、別の部屋に移したり箱にまとめたりすれば足ります。いるかいらないかは、あとから決められます。
ご家族の立場で読んでいる方には、家族のしんどさもあると思います。何度も言ってきたのに変わらなくて心配で、腹も立って、そんな自分にも疲れている。その気持ちを責めるつもりはありません。そのうえで、危ないからと黙って運び出すのは避けてください。通り道は空いても、そのあと何年も相談できない関係になることがあります。空ける場所も本人と一緒に決めてください。
片づけを手伝ってもらう相手を探すときは、本人のペースを待ってくれるか、物の一つひとつの意味を本人に聞いてくれるかを頼む前に確かめてみてください。急ぐ事情があって一度に進めるしかないときも、そこを分かってくれる相手なら本人と話しながら進められます。選び方は片づけのプロの選び方にもまとめています。
一人で抱えなくてもかまいません。暮らし全般の困りごとは、役所で「生活のことで相談したい」と伝えれば担当の窓口を案内してもらえます。高齢の方のことなら、どの市区町村にも置かれている地域包括支援センターに、ご本人からも家族からも相談できます。通り道を空けたいのに体が動かない、家族のあいだで話がまとまらないというときも暮らしの相談窓口や地域包括支援センターで相談できます。どれも片づけを請け負う業者とは別の入り口で、いきなり家を見せなくても話を聞いてもらうところから始められます。
本では、13の言葉を一つずつ読み解いています
「ゴミ屋敷」は、片づけをめぐって人を責めてきた言葉のひとつです。10月3日に発売する本『片づけられない自分を、だめだと思う前に』では、「だらしない」「捨てられない」「意志が弱い」といった13の言葉がどこから来て、どうして人を責める言葉になったのかを一つずつ読み解いています。
第12章「ゴミ屋敷」ではこの記事の話に加えて、状態が少しずつ変わっていく過程を書きました。巻末には、どんなときにどこへ相談できるかをまとめています。
10月3日、Kindleで発売します
『片づけられない自分を、だめだと思う前に』
「だらしない」「意志が弱い」「ADHDだから」…そう言われて疲れた人へ

ライフオーガナイザー®として、特にADHD傾向のある方や片づけが苦手な方をサポート。完璧主義や罪悪感、思い込みなど、片づけの障害となる心理的要因に寄り添い、無理なく続けられる仕組みづくりを提案しています。
2012年からこの分野を学び、2023年にアメリカの専門団体「Institute for Challenging Disorganization®」にて日本人初のCPO-CDを取得。
「片づけの負担を減らし、自分らしい人生を楽しめる人を増やしたい」との思いで活動中。




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