物が捨てられない原因は、性格じゃない。誰が「ダメ」と決めたのか ST04

物が捨てられない。クローゼットも、引き出しも、いつのまにかいっぱいで。

そのことを調べると、出てくるのはたいてい「捨てる勇気」とか「手放すコツ」とか、そういう話ですよね。読むほどに、捨てられない自分が、なんだかダメな人みたいに思えてくる。

でも、ちょっと立ち止まってほしいんです。

「物が捨てられないのは問題だ」って、誰が決めたんでしょう。

この記事は、物が捨てられない原因を調べていて、いつのまにか自分を責めはじめていた人に向けて書いています。「こうすれば捨てられます」というハウツーの記事ではありません。その前に、「捨てられない自分=ダメな自分」という、ずっと肩にのっていた等式を、いったん疑ってみませんか、という話です。

「捨てられない=ダメ」は、本当だろうか

私たちはいつのまにか、「物が少ない人=ちゃんとしている」「捨てられる人=意志が強い」と思い込んでいないでしょうか。逆に、物が多い人、捨てられない人は、だらしなくて、決断力がなくて、なんとなく劣っている。そういう順番が、頭の中にできあがっている。

でも、その順番って、どこから来たんでしょう。

少し前まで、物を大事に持ち続けることは、むしろ美徳でした。もったいない、まだ使える、いつか役に立つ。物を簡単に手放さないことは、慎ましさのあかしだったんですよね。それがいつのまにか、物が少ないことのほうが「上」で、捨てられることのほうが「えらい」という空気に入れ替わった。

つまり、「捨てられない=ダメ」というのは、ずっと昔から決まっていた真理ではなくて、ある時期から強くなった、わりと新しい価値観なんです。

それが悪いと言いたいわけじゃありません。ただ、「捨てられない原因は私の弱さだ」と思う前に、そもそもその「捨てられない=弱い」という採点表自体が、外から来たものだと知っておいてほしいんです。

捨てた数で、人の価値は測れない

物をたくさん捨てた人のほうが、捨てられない人より、人間として優れているでしょうか。

そんなことは、ないですよね。

捨てた量と、その人の優しさも、誠実さも、まわりの人を大事にする気持ちも、何ひとつ関係がありません。当たり前のことなのに、片づけの話になると、なぜか「どれだけ手放せたか」が、その人の価値みたいに語られてしまう。

「物が捨てられない原因」を検索して、自分を責めてしまうとき、たいていその裏には、「捨てられない私は劣っている」という採点が隠れています。でも、その採点表は、最初からあなたのものではなかった。誰かが作って、いつのまにかあなたに渡されて、あなたが自分で握りしめているだけ、なんですよね。

物を手放すより先にその採点表を、いったん手放してみる。

持ち続けることにも、理由がある

「でも実際、捨てられなくて困ってるのは事実なんだから、やっぱり原因があるんでしょ」と、こう思うかもしれません

もちろん、あります。でも、その原因は「弱さ」ではないことが、ほとんどなんです。

物が捨てられないとき、その物は、たいてい何かを持っています。

もらった人の顔。過ごした時間。あのころの自分。「いつか使うかも」という、未来への小さな保険。捨てられないのは、あなたが優柔不断だからではなくて、その物に意味が宿っているから。意味のあるものを手放すのに時間がかかるのは、むしろ自然なことです。

ちなみに、この「意味」には、それぞれ名前がつけられます。もらった人の顔は「誰から」、あのころの自分は「思い出」、いつか使うかもは「時間」。そんなふうに物差しとして眺め直す話は、分類の軸の話として別の記事に書いています。

物の数だけ理由があって、100人いれば、捨てられない理由も100通りあります。思い出だから捨てられない人もいれば、決めること自体に疲れている人もいる。一度に判断する物が多すぎて、頭がいっぱいになってしまう人もいる。「捨てられない」とひとことで言っても、その中身は、ひとりひとり全然ちがう。

だから、世の中の「捨てるコツ」がうまくいかなかったとしても、それはあなたがダメだからじゃない。そのコツが、たまたまあなたの理由に合っていなかった、というだけのことだったりします。

捨てないこと自体は、悪いことではありません。持ち続けるという選択も、れっきとしたひとつの選択です。「捨てる」ことだけが正解で、持ち続けることが間違い、という決めつけのほうを、まず疑っていいと思うんです。

「捨てられない自分」を、責めなくていい

「捨てられない=ダメ」は、外から来た採点表だった。捨てた数で人の価値は測れない。物を持ち続けることにも、ちゃんと理由がある。だとしたら、あなたが今まで捨てられなかったのは、あなたが弱いからじゃない。

そのうえで、もしよかったら物を手放すかどうかを考える前に、まず「捨てられない自分はダメだ」という、その思い込みのほうを、いったん脇に置いてみてほしいんです。

採点表を手放してしまえば、物との付き合い方は、もっと自由になります。持っていてもいいし、手放してもいい。どちらを選んでも、あなたの価値は1ミリも変わらない。その自由な場所から、あらためて物を眺めると、見えてくるものが変わってきたりします。

その先にある「じゃあ、この物はどうしよう」は、ここでは決めません。あなたの物の意味は、あなたにしか分からないからです。

「捨てられない」の外にも、採点表はある

「捨てられない=ダメ」は、世の中に出回っている採点表の、一枚にすぎません。

「片づけられない」をめぐる言葉は、ほかにもたくさんあります。捨てられない、だらしない、”ゴミ屋敷”、主婦なのに、ADHDだから……。そのどれもが、いつ・誰によって・なぜ作られたのか。そして、その言葉と、どう付き合っていけばいいのか。

10月に発売予定の本『「片づけられない」は、誰が決めたのか』では、13の言葉を一つずつ、ていねいに読み解いています。「捨てられない」という言葉が、いつから・どんなふうに人を責める道具になっていったのか。読み終わったとき、捨てられない自分に、ようやくOKが出せるように。


あわせて読む

「捨てる」ことを正解にしない、という話で言えば、もう一冊。『捨てるからはじめない 片づけのプロは何を「捨てた」のか』では、”捨てる”を出発点にしない片づけの考え方を書いています。この記事が「捨てられない自分を責めなくていい」という話なら、あちらは「捨てない、という選択を肯定する」話。よかったら、あわせてどうぞ。

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あなたを責める13の言葉を、片づけのプロが読み解く

吉村 あきこ

ライフオーガナイザー®として、特にADHD傾向のある方や片づけが苦手な方をサポート。完璧主義や罪悪感、思い込みなど、片づけの障害となる心理的要因に寄り添い、無理なく続けられる仕組みづくりを提案しています。
2012年からこの分野を学び、2023年にアメリカの専門団体「Institute for Challenging Disorganization®」にて日本人初のCPO-CDを取得
「片づけの負担を減らし、自分らしい人生を楽しめる人を増やしたい」との思いで活動中。

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