セールのワゴンの前で、気づいたらカゴに入れていた
「つい」が繰り返されるメカニズム
週末のショッピングモール。季節の変わり目のセールで、店頭にはワゴンが並んでいます。「50%OFF」の文字が目に飛び込んでくる。手に取ったのは、たしかにかわいいストール。「この値段なら」と思った瞬間、もうカゴに入っている。家に帰って袋を開けると、クローゼットにはよく似た色のストールがすでに3枚あった。
「また買っちゃった」。
この「つい」に覚えのある方は、きっと少なくないと思います。私がライフオーガナイザーとして14年間お宅に伺ってきたなかで、「モノが増えてしまう」という悩みの裏側に、この「つい」が潜んでいることはとても多いのです。
セールの値引き。限定品の「残りわずか」。100円ショップの「これも便利そう」。そうした場面で、頭のどこかでは「本当に必要かな」と思っている。でも、考えるよりも先に手が動いている。帰宅してから「なんで買ったんだろう」と首をかしげる。そして次のセールでも、また同じことが起きる。
この「つい」は、意志が弱いから起きるのでしょうか。我慢が足りないから繰り返されるのでしょうか。
そうではありません。これは、脳の「反応の抑制」という実行機能が関わっている現象です。刺激に対して反射的に動いてしまう前に、いったん立ち止まって考える力。その力の出方に個人差がある、という話です。
もうひとつの壁、「このやり方じゃないとダメ」
「つい」とはまったく違う悩みを抱えている方にも、たくさんお会いしてきました。
たとえば、こんな方がいらっしゃいました。キッチンの収納をとても丁寧に整えている方です。調味料の並び順、保存容器のサイズ、ラベルの貼り方。どれもきっちりと決まっている。でも、家族がその通りに戻してくれないことにストレスを感じて、毎日直し続けて疲れ果てている。
「もう少しゆるくしたほうがいいのはわかっているんです。でも、このやり方じゃないと気が済まなくて」。
あるいは、引っ越しで暮らしのかたちが変わったのに、前の家の収納ルールをそのまま持ち込もうとして、どこにも合わなくなっている方。「前はこれでうまくいっていたのに」と、新しい間取りに合わせた工夫に切り替えることができず、結局モノが収まらないまま何ヶ月も経っている。
「こうあるべき」から離れられない。別のやり方を試したほうがいいとわかっていても、切り替えることに強い抵抗がある。
これは、脳の「柔軟性」というもうひとつの実行機能が関わっています。状況が変わったときに考え方や行動を切り替える力。いわば、脳のハンドルを切る力です。
今回の記事では、「つい」に関わる「反応の抑制」と、「こだわり」に関わる「柔軟性」。この2つの実行機能を一緒に取り上げます。性質はまったく違う力ですが、片づけの現場ではこの2つが同時に顔を出すことが少なくありません。「つい買ってしまう」と「手放せないこだわり」が組み合わさって、モノが増え続ける一方で整理が進まない。そんな状況を生み出していることがあるのです。
反応の抑制(Response Inhibition)とは
脳の「ブレーキ」が効きにくいとき
反応の抑制とは、衝動的な反応を抑えて、行動する前にいったん立ち止まって考える力のことです。Dawson & Guareの12要素モデルでは1番目に挙げられている、実行機能の中でもとりわけ基本的な力です。
この力を、私は「脳のブレーキ」にたとえることがあります。
車の運転を思い浮かべてみてください。目の前に魅力的な看板が見えたとき、急ハンドルを切ってそちらに向かう人はあまりいません。「あ、面白そう」と思っても、ブレーキを踏んで速度を落とし、「今は目的地に向かっているから、あとで来よう」と判断してそのまま直進する。この一連の流れのなかで、最初に働くのがブレーキ、つまり反応の抑制です。
反応の抑制は、刺激と行動のあいだに「間」を作る力とも言えます。何かを見た、聞いた、感じた。その刺激に対して、反射的に行動してしまう前に、ほんの一瞬だけ立ち止まる。その一瞬のあいだに、「これは今の自分に必要か」「この行動をとったらどうなるか」を考える余地が生まれます。
ブレーキがしっかり効く人は、この「間」が自然に生まれます。刺激があっても、すぐには行動に移さず、いったん考えてから動く。でも、ブレーキの効きが弱い人は、この「間」が極端に短いか、ほとんどない。刺激から行動までが直結していて、「気づいたらもう動いていた」という状態になりやすいのです。
認知科学者のAdele Diamondは、反応の抑制を含む抑制制御(Inhibitory Control)を実行機能の3つのコア機能のひとつに位置づけています。Diamondの枠組みでは、抑制制御には「行動レベルの抑制」(衝動的な行動を止める力)と「認知レベルの抑制」(関係のない情報を無視する力)の両方が含まれています。ここで扱う反応の抑制は、主に前者、つまり「行動する前に立ち止まる力」に焦点を当てたものです。
大事なのは、ブレーキの効きやすさは人によって違うということです。生まれ持った脳の特性として効きにくい方もいれば、疲れや加齢で一時的に効きにくくなることもあります。ブレーキが効きにくいことは「意志が弱い」こととは違います。ブレーキの性能が車によって違うように、脳のブレーキにも個人差があるだけです。
衝動買いと片づけの関係
「反応の抑制」と「片づけ」は、一見すると直接の関係がないように思えるかもしれません。「衝動的に行動してしまう」という話と「部屋が片づかない」という話が、どうつながるのか。
答えはとてもシンプルです。入口の問題です。
片づけに悩む方のお宅に伺うと、「どう整理すればいいかわからない」というご相談が多いのですが、その前の段階として「そもそもモノが増え続けている」という状況があることが少なくありません。収納の工夫をいくら考えても、入ってくるモノの量が減らなければ、いつかスペースは飽和します。
そしてこの「入ってくるモノの量」に大きく関わっているのが、反応の抑制です。
セールの「今だけ」に反応して買ってしまう。SNSで見かけた便利グッズを「これいいかも」と思った瞬間にカートに入れてしまう。100円ショップで「この値段なら失敗してもいいか」と次々カゴに入れてしまう。フリマアプリで「お得だから」とまとめ買いしてしまう。
こうした行動のひとつひとつは、小さなものです。ストールひとつ、収納グッズひとつ、100円の便利アイテムひとつ。でも、それが何ヶ月、何年と積み重なると、暮らしの中のモノの総量は確実に増えていきます。
ここで誤解してほしくないのは、「衝動買いが悪い」と言いたいわけではないということです。買い物は暮らしの楽しみでもあります。ふと目にしたものを「素敵だな」と感じる感性は、豊かさでもあります。問題は、その行動が「意図しないまま繰り返される」こと、そしてその結果として暮らしが窮屈になっているときです。
反応の抑制が効きにくい方の場合、「買う」という行動が自分の意思による選択というよりも、刺激に対する反射に近い形で起きていることがあります。「欲しい」と感じることと「買う」という行動のあいだにブレーキがかからないまま、気づいたらレジに並んでいる。帰宅してから「なんでこれ買ったんだっけ」と思う。それは「反省が足りない」のではなく、ブレーキのかかる場所が、行動よりも後ろにある、ということです。
だからこそ、「もっと我慢しなきゃ」と自分を責めるよりも、「ブレーキがかかりにくいなら、ブレーキの代わりになる仕組みを暮らしの中に作ろう」と考えるほうが、ずっと建設的です。具体的な工夫は、後半の実践パートで詳しく紹介します。
柔軟性(Flexibility)とは
脳の「ハンドル」が切りにくいとき
柔軟性(Flexibility)とは、状況や条件が変わったときに、それに応じて考え方や行動を切り替える力のことです。Dawson & Guareの12要素モデルでは9番目、Diamondの3つのコア機能では「認知的柔軟性(Cognitive Flexibility)」として位置づけられています。
この力を、私は「脳のハンドル」にたとえます。
車を運転していて、いつも通る道が工事で通行止めになっていたとします。このとき、「別の道を探そう」とすぐにハンドルを切れる人もいれば、「でもこの道じゃないと」と通行止めの前でしばらく立ち止まってしまう人もいます。頭では「迂回すればいい」とわかっていても、いつもの道を通れないことへの抵抗感が強くて、なかなか別のルートに踏み出せない。
柔軟性が高い人は、ハンドルが軽い。状況の変化を受け入れて、新しいやり方にスムーズに切り替えることができます。一方、柔軟性が低めの人は、ハンドルが重い。今のやり方を変えること自体にエネルギーがいるため、切り替えに時間がかかったり、変化を避けようとしたりする傾向があります。
Diamondは、認知的柔軟性が抑制制御とワーキングメモリの上に成り立つ力であることを指摘しています。つまり、「今の考えをいったん抑える」(抑制制御)力と、「別の選択肢を頭の中に保持する」(ワーキングメモリ)力の両方が土台にあって、初めて「切り替える」という柔軟な動きが可能になるのです。
ここでひとつ、大事なことをお伝えしておきたいと思います。
「柔軟性が低い」ということは、必ずしもネガティブなことではありません。「こうあるべき」という強い信念を持っている人は、丁寧さ、几帳面さ、一貫性といった力を発揮できる場面がたくさんあります。仕事で「このやり方を守り通す」ことが強みになる場面は多いですし、「自分の基準を大切にする」姿勢は、暮らしの質を高めてくれることもあります。
問題は、その「こだわり」が暮らしを窮屈にしてしまうとき、つまりハンドルを切りたいのに切れなくて、ご本人やご家族が困っているときです。
「完璧な収納」へのこだわりが片づけを止める
柔軟性と片づけの関係は、いくつかの場面で顔を出します。
ひとつは、「完璧な収納」への執着です。
SNSや雑誌で見かける美しい収納。統一されたケース、色とりどりのラベル、一分の隙もない棚の中身。「あの通りにしたい」と思って収納グッズを買い揃え、時間をかけて整えた。でも、家族の暮らし方がそれに合わなくて、すぐに崩れる。崩れたことにストレスを感じて、また直す。直しても崩れる。その繰り返しで疲弊してしまう。
このとき、「別のやり方のほうがこの家には合うかもしれない」と切り替えることができれば、状況は変わる可能性があります。たとえば、ラベルをやめてかごにざっくり入れるだけにする。引き出しの仕切りを外して、ゆるく分けるだけにする。「完璧じゃなくてもいい」を選択する。
でも、柔軟性のハンドルが重い方にとって、その切り替えはとても難しいのです。「ここまでこのやり方でやってきたのに」「このやり方が正しいはずなのに」「ゆるくするなんて、それは妥協であって、片づけとは呼べない」。そうした思いが、切り替えを阻みます。
もうひとつの場面は、暮らしの変化への対応です。
子どもが生まれた。子どもが独立した。在宅勤務が始まった。親と同居することになった。暮らしのかたちは、年月とともに変わっていきます。それに合わせて、モノの量も配置も、片づけ方も変わって当然なのですが、「前のやり方」を手放せないことがあります。
「子どもが小さかった頃はこの収納で回っていたのに、今は合わない。でも変え方がわからない」というご相談を受けることがあります。「変え方がわからない」の裏側に、「変えること自体への抵抗」が隠れていることも少なくありません。今のやり方を手放すことが「これまでの自分を否定すること」のように感じられてしまうのです。
さらに、モノを手放す場面でも柔軟性は関わってきます。
「このモノはこの場所に置くもの」「この服はこの着方をするもの」「このグッズはこの使い方をするもの」。ひとつのモノにひとつの役割を固定して考えている場合、その役割が終わったモノをどうすればいいか判断しにくくなることがあります。「使わなくなったけれど、これはここにあるものだから」と、場所だけが固定されたまま、モノが動かなくなる。柔軟性のハンドルが切りにくいと、「このモノの役目は変わった」「次の居場所を考えてあげよう」という発想の転換がスムーズにいかないことがあるのです。
こんな背景が関係していることがある
反応の抑制と柔軟性の得意・不得意には、いくつかの背景があります。このシリーズで毎回触れている「3つの背景」を、今回のテーマに沿って見ていきましょう。
もともとの脳の特性として
反応の抑制が効きにくいことと特に関連が深いのが、ADHDの傾向です。
ADHDの脳では、前頭前野と大脳基底核をつなぐ回路の働き方に特徴があり、衝動的な行動を抑える機能が働きにくいことがわかっています。Russell Barkleyは、ADHDの中核的な問題を「行動抑制の障害」と位置づけています。「思ったら即行動」「刺激に対して反射的に動いてしまう」という傾向は、この脳の特性から来ているものです。
ただし、これは「ADHDの人はすべて衝動的に行動する」という意味ではありません。反応の抑制の効きにくさの程度は人によって違いますし、場面や状態によっても変わります。仕事の場面ではしっかりブレーキが効くのに、買い物の場面ではまったく効かない、という方もいます。
柔軟性については、ASD(自閉スペクトラム症)の傾向がある方に、切り替えの難しさが見られることが多いと言われています。ルーティンや決まったやり方への強い志向性、予想外の変化への抵抗感。これらは柔軟性という実行機能の特性として理解できます。もちろん、ASDの傾向がない方でも、「自分のやり方にこだわりが強い」「変化を受け入れるのに時間がかかる」という特性を持っている方は大勢いらっしゃいます。
ADHDの傾向とASDの傾向が併存する方もいます。その場合、「衝動的に買ってしまう」一方で「こだわりの収納から離れられない」という、一見矛盾するような悩みが同時に起きることがあります。矛盾しているように見えますが、反応の抑制と柔軟性はそれぞれ別の実行機能なので、両方に引っかかりがあること自体は不思議なことではありません。
そして繰り返しになりますが、こうした得意・不得意は、特定の条件を持つ方だけの話ではありません。すべての人に、反応の抑制が効きやすい場面と効きにくい場面があり、柔軟に切り替えやすい場面とそうでない場面があります。脳のクセには、グラデーションがあるのです。
高次脳機能障害では
脳卒中や交通事故などで脳に損傷を受けた場合、反応の抑制と柔軟性の両方に変化が現れることがあります。
反応の抑制に関しては、前頭前野の損傷によって「衝動性が高まる」ケースがあります。以前は慎重な方だったのに、損傷後に買い物での衝動的な行動が増えた。思ったことをすぐに口に出してしまうようになった。こうした変化は、脳のブレーキ機能が損傷の影響を受けていることによるものです。
柔軟性に関しては、「保続(ほぞく)」と呼ばれる症状が知られています。これは、一度始めた行動や思考のパターンから抜け出しにくくなる状態です。同じ動作を繰り返してしまったり、話題が切り替えられなかったりすることがあります。片づけの場面では、「同じ種類のモノばかり延々と並べ替えている」「別の場所に移ろうとしても、今やっていることをやめられない」といった形で現れることがあります。
ご家族や周囲の方からすると、「なぜ同じことを繰り返すのか」「なぜ言っても切り替えてくれないのか」と歯がゆく感じることがあるかもしれません。でも、これは本人の「わがまま」や「頑固さ」ではなく、脳の柔軟性の機能が変化している結果です。この理解があるだけで、ご本人への声のかけ方や、サポートの仕方が変わってくるのではないかと思います。
疲れ・ストレス・加齢などでも
反応の抑制も柔軟性も、日々のコンディションに大きく左右されます。
疲労やストレスが溜まっているときは、ブレーキが効きにくくなります。仕事でくたくたに疲れて帰宅した夜に、ネットショッピングでつい余計なものを注文してしまう。イライラしているときにコンビニで必要以上に買い込んでしまう。「疲れているとつい買ってしまう」という経験は、脳のブレーキ機能がエネルギー不足で低下しているときに起きやすい現象です。
心理学でいう「自我消耗(Ego Depletion)」の概念を借りれば、脳の抑制力は一日のなかで使えば使うほど消耗していくと考えることができます。朝は冷静に判断できたことが、夕方には判断できなくなる。それは意志が弱くなったのではなく、ブレーキのエネルギーが減ったのです。
柔軟性も同様に、疲れや余裕のなさに影響されます。忙しくて余裕がないとき、人は「いつものやり方」に固執しやすくなります。新しいことを試す気力がない。別のやり方を考える余白がない。「とりあえず今まで通りでいい」と、ハンドルを切ることを先送りにしてしまう。これは柔軟性の実行機能が、脳のリソース不足によって一時的に低下している状態です。
加齢に伴って、反応の抑制と柔軟性の両方に変化が現れることもあります。テレビの通販番組を見て「つい電話してしまう」ことが増えた。長年のやり方を変えることに強い抵抗がある。こうした変化は、前頭前野の加齢変化として理解できるものであり、性格の問題ではありません。
産後やホルモンバランスの変動期にも、ブレーキが効きにくくなることがあります。寝不足や身体的な消耗が続くなかで、「あれもこれも」と買い物が増えたり、逆にこだわりが強くなって「このやり方でやらないと不安」と感じたりすることがあります。どちらも、脳が余裕のない状態で精一杯バランスを取ろうとしている結果です。
どの背景であっても、自分を責めることで状況がよくなることはありません。「ブレーキが効きにくい日がある」「ハンドルが重くなるときがある」。それを知っておくだけで、対処の仕方が変わってきます。
衝動とこだわりとの付き合い方、暮らしの工夫
ここからは、反応の抑制と柔軟性の特性をふまえた、暮らしの中でできる具体的な工夫を紹介していきます。
前半の2つは主に「反応の抑制」(ブレーキ)へのアプローチ、後半の2つは主に「柔軟性」(ハンドル)へのアプローチですが、実際の暮らしのなかではこの2つが重なり合っていることも多いと思います。どれかひとつでも「これは自分に合いそうだな」と思えるものがあれば、小さく試してみてください。
「買う前に24時間ルール」で間をつくる
反応の抑制のブレーキが効きにくいとき、もっとも効果的なのは「刺激と行動のあいだに物理的な時間を挟む」ことです。脳のブレーキが自動的にかかりにくいのなら、外側の仕組みでブレーキの代わりを作ってしまうという発想です。
「24時間ルール」はそのもっともシンプルな形です。
「欲しい」と思ったものを、その場では買わない。一度家に帰って、24時間待ってみる。24時間後にまだ欲しいと思ったら、買いに行く。
これだけです。
24時間というのは、ひとつの目安です。人によっては「3日ルール」でもいいし、「週末まで待つ」でもいい。大切なのは、「欲しい」と感じた瞬間と「買う」という行動のあいだに、意識的に間を入れることです。
この「間」のあいだに何が起きるかというと、多くの場合、衝動の温度が下がります。店頭で手に取ったときは「絶対に必要だ」と感じたものが、翌日になると「そこまでじゃないかも」に変わっていることは、驚くほどよくあります。脳の反応の抑制は、時間が経つと回復するからです。セールの「今だけ感」や店頭の視覚的な刺激から離れるだけで、脳はもう少し冷静に判断できるようになります。
ネットショッピングの場合は、「カートに入れるまではOK。でも決済は翌日」というルールにするのも効果的です。カートに入れる行為そのものが「欲しい」という気持ちの受け皿になってくれるので、「我慢している」という感覚が薄れます。そして翌日カートを見ると、「なんでこれ入れたんだっけ」と思うものが意外と多い。その「なんでだっけ」の感覚こそが、ブレーキが回復した証拠です。
もうひとつ、関連する工夫として「買い物リスト制」があります。買い物に行く前に、「今日買うもの」をリストに書き出して、それ以外は買わないと決める方法です。これはブレーキの代わりというよりも、「ブレーキを踏むべき場面を減らす」工夫です。リストにあるものは迷わずカゴに入れていい。リストにないものだけが「ブレーキ案件」になる。判断の回数を減らすことで、ブレーキのエネルギー消耗を抑えられます。
ただし、ここで大事なことをひとつ。24時間ルールも買い物リストも、「完璧に守らなければならないルール」ではありません。たまにルールを破って衝動買いしてしまっても、それは失敗ではありません。「今回はブレーキがかからなかったな」と気づくだけで十分です。気づくことができたなら、次にブレーキをかけるチャンスは必ず来ます。
「1つ入れたら1つ見直す」のゆるい循環
反応の抑制のもうひとつのアプローチとして、「入口を完全にふさぐ」のではなく「入口と出口のバランスをとる」という考え方があります。
暮らしのなかでモノが増えていくのは、入口(モノが家に入ってくる量)と出口(モノが家から出ていく量)のバランスが崩れているときです。入口を完全に閉じる、つまり「もう何も買わない」という方法は、現実的ではありませんし、暮らしの楽しみを奪ってしまいます。
そこで提案したいのが、「1つ入れたら1つ見直す」という緩やかなルールです。
新しいものを1つ家に迎えたら、同じカテゴリのものを1つ見直してみる。新しい服を買ったら、クローゼットの中を眺めて、「このなかで最近着ていないものはあるかな」と考えてみる。新しいマグカップをいただいたら、食器棚のマグカップを見渡してみる。
ここで大切なのは、「1つ手放さなければならない」ではなく、「1つ見直す」という表現にしていることです。見直した結果、「やっぱり全部必要」と思ったなら、それでいいのです。大事なのは、「入ってきたものに対して、持っているものを一度眺める」という習慣そのものです。
この習慣は、反応の抑制を間接的にサポートしてくれます。「新しいものを買ったら、見直しのタスクが発生する」と脳が学習すると、買い物の瞬間に自然と「これを買ったら、何を見直すことになるかな」という思考が走るようになります。ブレーキを外から無理やりかけるのではなく、「入口と出口はセットなんだ」という感覚を少しずつ育てていく。それが、この工夫の狙いです。
無理に「1 in, 1 out」を厳密に守る必要はありません。3つ入ってきて1つ見直す、くらいのゆるさでもいいのです。完璧な循環を目指すことが目的ではなく、「モノが入ってくるときに、ちょっとだけ意識を向ける」その習慣をつくることが目的です。
「正解の収納」を手放して「今の暮らしに合う形」へ
ここからは、柔軟性のハンドルを少し軽くするための工夫です。
「こうあるべき収納」「正解の片づけ方」への思い込みは、片づけを進めるうえで意外なほど大きな壁になります。SNSや雑誌で見た美しい収納、過去にうまくいったやり方、「片づけのプロならこうするはず」という思い込み。そうした「正解」のイメージが強いほど、目の前の現実とのギャップに苦しみやすくなります。
私が長年お伝えしてきたのは、「正解の収納は存在しない」ということです。あるのは、「今のあなたの暮らしに合う形」だけです。
これは言葉にすると当たり前のことのように聞こえるかもしれませんが、実際に「今の暮らし」を起点にして考え直すのは、柔軟性のハンドルが重い方にとってはとても勇気のいることです。なぜなら、「今のやり方を変える」ということは、「今までのやり方は間違いだった」と認めることのように感じられてしまうことがあるからです。
でも、そうではありません。前のやり方は、前の暮らしには合っていたのかもしれません。子どもが小さかった頃に作った収納は、あの頃の暮らしにはぴったりだった。でも子どもが成長して暮らしが変われば、合う形も変わる。それは前のやり方が「間違い」だったのではなく、暮らしのほうが動いたのです。
具体的な工夫としては、「お試し期間」を設けるという方法があります。
「このやり方に変えてみよう。でもまず1週間だけ試してみて、合わなかったら元に戻そう」。こう決めておくと、切り替えへの心理的なハードルがかなり下がります。「永久に変える」のではなく「ちょっと試す」だけだからです。
ハンドルが重い方にとって、「元に戻せる」という安全策があることはとても重要です。「戻れない」と思うと切り替えが怖くなりますが、「いつでも戻れる」と思えれば、一歩踏み出しやすくなります。実際には、試してみたら意外としっくりきて、そのまま定着することも多いのですが、その「意外としっくりくる」を体験するためには、まず試してみる一歩が必要です。「お試し期間つき」は、その一歩を軽くしてくれる仕組みです。
もうひとつ、「理想の暮らし」ではなく「今の暮らし」を起点にする、という視点の転換も大切です。
「理想の暮らし」を起点にすると、どうしても「理想と現実のギャップ」にフォーカスが当たります。「あの雑誌のような部屋にしたいのに、全然遠い」。そのギャップの大きさが、変化への意欲を削いでしまうことがあります。
代わりに、「今の暮らしのなかで、ちょっとだけ楽になるポイントはどこだろう」と考えてみてください。朝のバタバタで困っている場所はどこか。毎日「面倒だな」と感じる動線はないか。そうした「今ここにある小さな困りごと」を起点にすれば、変化の幅も小さくて済みます。小さな変化は、ハンドルを大きく切る必要がないので、柔軟性のハードルが低くなります。
うまくいかなかったときの「やり直しOK」宣言
最後にお伝えしたいのは、反応の抑制にも柔軟性にも共通する、とても大事な考え方です。
それは、「うまくいかなかったら、やり直していい」ということです。
24時間ルールを決めたのに、今日は衝動買いしてしまった。新しい収納方法を試してみたけど、なんだかしっくりこない。「1つ入れたら1つ見直す」と決めたのに、全然見直していない。
そうしたとき、「やっぱり自分にはできない」と結論づけてしまうと、次に何かを試す気力がなくなってしまいます。「一度失敗したからもうダメだ」という思考は、実は柔軟性の問題とも関係しています。「うまくいかなかった=このやり方は間違い=もう変えられない」という硬い思考パターンに陥ってしまうのです。
だから、最初から「やり直しOK」を自分に宣言しておくことをおすすめしています。
「この工夫は、合わなかったら変えていい。やり方を変えたことは失敗じゃない。前の方法を手放しても、それは前の自分を否定したことにはならない。今の自分に合うやり方を探し続けること自体が、片づけの一部だ」。
反応の抑制のブレーキは、毎回完璧にかかるものではありません。柔軟性のハンドルは、一度切ったらそれで終わりではありません。どちらも、「少しずつ、何度でも」調整していくものです。
そしてこの「やり直しOK」という考え方そのものが、柔軟性のトレーニングになります。「うまくいかなかった方法を手放して、別の方法を試す」。その繰り返しのなかで、脳のハンドルは少しずつ軽くなっていきます。
私がお客さまによくお伝えするのは、こんな言葉です。
「片づけに正解はないから、不正解もないんですよ。合わなかったら、違う方法を試すだけ。何回やり直してもいいんです」。
100人いたら100通りのブレーキの効かせ方があり、100通りのハンドルの切り方がある。あなたに合うやり方は、試していくなかで必ず見つかります。
次回、第6回のテーマは「整理・体系化」と「時間管理」。せっかく片づけたのに、気がつくと元の状態に戻っている。あの「リバウンド」はなぜ起きるのか。仕組みを作る力と、時間を見積もる力の関係を紐解きながら、「維持できる暮らし」のヒントを考えていきます。
出典・参考文献
- Dawson, P. & Guare, R. (2018). Executive Skills in Children and Adolescents (3rd ed.). Guilford Press.
- Dawson, P. & Guare, R. (2009). Smart but Scattered. Guilford Press.
- Diamond, A. (2013). Executive Functions. Annual Review of Psychology, 64, 135-168.
- Barkley, R. A. (2012). Executive Functions: What They Are, How They Work, and Why They Evolved. Guilford Press.
- 森口佑介 (2019).『自分をコントロールする力』講談社現代新書.

ライフオーガナイザー®として、特にADHD傾向のある方や片づけが苦手な方をサポート。完璧主義や罪悪感、思い込みなど、片づけの障害となる心理的要因に寄り添い、無理なく続けられる仕組みづくりを提案しています。
2012年からこの分野を学び、2023年にアメリカの専門団体「Institute for Challenging Disorganization®」にて日本人初のCPO-CDを取得。
「片づけの負担を減らし、自分らしい人生を楽しめる人を増やしたい」との思いで活動中。




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