「自分のことが一番わからない」という難しさ
片づけ方を変えても続かなかった理由
このシリーズを第0回からお読みくださった方は、ここまでの7回で、実行機能というものの全体像がだいぶ見えてきたのではないかと思います。
始められないのは課題の開始の特性だった。途中で迷子になるのは注意の維持とワーキングメモリの交差点で起きていた。どこから手をつけていいかわからないのは計画と優先順位づけの負荷だった。モノに気持ちが絡まるのは感情のコントロールが関わっていた。つい増やしてしまうのは反応の抑制と柔軟性の問題だった。片づけたのに元に戻るのは整理・体系化と時間管理、そしてルーティンの力が関わっていた。
ひとつひとつの実行機能について、「なるほど、自分に起きていたのはこういうことだったのか」と感じた場面もあったのではないでしょうか。
でも、こんなふうに思った方もいらっしゃるかもしれません。
「全部わかった。でも、だからどうすればいいの?」
「工夫もいろいろ試してみた。でもやっぱり、続かない」
「結局、自分には何が合っているのか、よくわからない」
実は、ここにこそ、最終回で扱いたいテーマがあります。
片づけの方法を変えても続かないとき、その原因は「方法が間違っていた」ということだけではありません。もうひとつ、とても大事なピースが抜けていることがあります。それは、自分自身を知るという作業です。
どんなに優れた片づけの方法があっても、それが「自分の脳のクセ」に合っていなければ、続きません。そして、自分の脳のクセを知るためには、自分のことを一歩引いて観察する力が必要です。
この「自分を観察する力」のことを、心理学では「メタ認知」と呼びます。
メタ認知とは「自分を俯瞰する力」
メタ認知(Metacognition)という言葉は、「認知についての認知」を意味します。もう少しわかりやすく言うと、「自分が今どう考えているか」「自分がどう感じているか」「自分のどこが得意でどこに引っかかりやすいか」を、自分自身で把握する力のことです。
発達心理学者のJohn Flavellが1979年に提唱した概念で、その後の認知心理学や教育心理学の中核的な考え方になっています。
メタ認知は、「自分を俯瞰する力」と言い換えることもできます。自分の中にいるもうひとりの自分が、少し離れた場所から自分を見ている。「あ、今の自分は焦っているな」「この作業、苦手だと感じているな」「今日は集中できる日だな」と、自分の状態や傾向をモニタリングしている。そういう力です。
そして、このメタ認知こそが、実行機能の12要素のなかで最後に紹介する要素であり、シリーズ全体を束ねる存在でもあります。
メタ認知(Metacognition)とは
自分の脳を「観察する」もうひとりの自分
Dawson & Guareの12要素モデルにおいて、メタ認知は「自分自身のパフォーマンスを一歩引いてモニタリングし、評価する力」と定義されています。
もう少し具体的に言うと、メタ認知には大きく2つの側面があります。
ひとつは「メタ認知的知識」、つまり自分自身についての知識です。「自分は朝のほうが集中できる」「細かい分類作業は苦手だ」「誰かと一緒にやったほうが進む」といった、自分のパターンや傾向についての理解がこれにあたります。
もうひとつは「メタ認知的モニタリング」、つまり今この瞬間の自分の状態を観察する力です。「今の自分は疲れているから、大きな判断は避けたほうがいいな」「この作業、思ったより時間がかかっているな。やり方を変えたほうがいいかもしれない」と、リアルタイムで自分の状態を把握して、必要に応じて行動を調整する力です。
この2つの側面が合わさることで、メタ認知は「自分の脳を観察するもうひとりの自分」のような役割を果たします。
たとえるなら、実行機能の他の11の要素が「脳のいろいろな部署」だとしたら、メタ認知は「各部署がどう動いているかを見渡す管理部門」のような存在です。課題の開始がうまくいっているか、注意は維持できているか、計画通りに進んでいるか、感情に引きずられていないか。そうした全体の状態を俯瞰して把握し、「今はこうしたほうがいい」と調整指示を出す。メタ認知がなければ、他の実行機能がうまく働いていないことにすら気づけません。
片づけの場面でメタ認知が果たす役割
片づけにおいて、メタ認知はどんな場面で働くのでしょうか。いくつか例を挙げてみます。
「今日は判断力が鈍っているから、モノを残すかどうかの判断はやめて、引き出しの中身を出して拭く作業だけにしよう」。これはメタ認知的モニタリングが働いている状態です。自分の今の状態を把握して、それに応じて行動を調整しています。
「自分は”始める”のは苦手だけど、始まったら集中できるタイプだから、最初の5分だけ誰かに声をかけてもらおう」。これはメタ認知的知識が活かされている状態です。自分のパターンを理解した上で、具体的な対策を選んでいます。
「前回この方法で片づけたとき、途中で疲れて投げ出してしまった。今回はもう少し範囲を狭くして、短時間で終わるようにしよう」。これは過去の経験を振り返り、やり方を修正するメタ認知の働きです。
こうして見ていくと、メタ認知とは「片づけそのもの」のスキルではないことがわかります。メタ認知は、「自分にとってどんな片づけのやり方が合っているかを見つけ出す力」です。言い換えれば、片づけの方法を選ぶための方法。
だからこそ、メタ認知は12の実行機能の中でも特別な位置にあります。他の実行機能の得意・不得意を把握するためにも、まずメタ認知が必要になるからです。
「仕事ではできるのに、家ではできない」の理由
領域と場面で実行機能の効き方が変わる(McCloskey)
このシリーズをお読みくださっている方の中に、こんな思いを抱えている方はいらっしゃいませんか。
「仕事ではちゃんとやれているのに、なぜか家の片づけだけはできない」
「職場の机はきれいなのに、自分の部屋はぐちゃぐちゃ」
「部下のタスク管理はできるのに、自分の家の家事が回らない」
これは、私が14年間のライフオーガナイザーとしてのキャリアの中で、最も多く聞いてきた悩みのひとつかもしれません。そしてこの悩みは、深い自己否定と結びついていることが多いのです。「仕事ではできるのだから、本当はできるはず」「家ではできないのは、甘えているからだ」「やればできるのに、やらない自分がだらしない」。
でも、この悩みには、脳科学的にきちんとした説明があります。
心理学者のGeorge McCloskeyは、実行機能の働き方は「領域(Domain)」と「場面(Arena)」の組み合わせによって異なると説明しています。
「領域」とは、実行機能が働く分野のことです。知覚(目や耳からの情報処理)、感情、認知(考えること)、行動(体を動かすこと)など、脳が扱う情報の種類によって分かれています。
「場面」とは、その実行機能が発揮される環境や状況のことです。たとえば、学校、職場、家庭、対人関係、地域活動など。
McCloskeyのモデルが教えてくれるのは、ある場面ではしっかり機能している実行機能が、別の場面では同じように働くとは限らないということです。これは「領域×場面のマトリクス」として理解できます。
なぜこんなことが起きるのか。いくつかの要因があります。
まず、環境の構造の違いです。職場には明確な締め切りがあり、上司やチームメンバーの目があり、「やるべきこと」の優先順位がはっきりしています。つまり、外部の構造が実行機能を補ってくれているのです。一方、家庭では締め切りはなく、誰かに管理されることもなく、「いつやってもいい」「やらなくても誰にも怒られない」という状態になります。外部の構造がない場面では、実行機能をすべて自力で回さなければなりません。
次に、報酬の即時性の違いです。仕事では成果を出せば評価され、給料という報酬にもつながります。ところが家の片づけは、やっても「ありがとう」と言われないかもしれないし、片づけても家族がすぐに散らかすかもしれない。脳にとって、報酬が見えにくい行動は動機づけが働きにくくなります。
さらに、役割と自己意識の違いもあります。「仕事をしている自分」と「家にいる自分」では、脳の緊張のレベルや注意の向け方が異なることがあります。職場では「きちんとしなければ」というモードが自動的にオンになる人でも、家に帰った瞬間にそのモードが解除される。これは怠けているのではなく、脳が場面に応じてモードを切り替えているのです。
つまり、「仕事ではできるのに家ではできない」というのは、まったく矛盾していません。実行機能は、場面や環境によって効き方が変わるのが当たり前だからです。
「できない自分」の全体化を止める
「仕事ではできるのに家ではできない」という状態が辛いのは、多くの場合、そこから「本当は全部ダメなんじゃないか」という全体化が起きてしまうからです。
家の片づけができないことが、自分の人格全体を否定する材料になってしまう。「仕事ができるのはたまたまだ」「いつかバレるんじゃないか」「本当の自分はだらしない人間だ」。このような思考のパターンに陥ってしまう方は、決して少なくありません。
でも、ここでメタ認知の力が役に立ちます。
「自分は仕事の場面では計画を立てて実行する力が発揮できている。でも家庭の場面では、外部の構造がないぶん、その力が発揮しにくくなっている」。こんなふうに、場面ごとの得意・不得意を切り分けて理解できれば、「自分は全部ダメだ」という全体化を止めることができます。
片づけができないのは、「あなた」がダメなのではありません。あなたの実行機能が、「家庭」という場面では力を発揮しにくい状態にある、というだけのことです。そして、場面によって実行機能の効き方が変わるのは、すべての人に起こりうることです。
だからこそ、「自分はどの場面で、どの実行機能が働きやすく、どの場面で引っかかりやすいのか」を知ることが大切になります。それが、メタ認知です。
こんな背景が関係していることがある
もともとの脳の特性として
このシリーズで毎回お話ししてきたように、メタ認知にも「もともとの脳の特性」が影響することがあります。
たとえば、ADHDの傾向がある方の場合、自分の状態をリアルタイムでモニタリングすることに困難を感じやすいことが知られています。「気がついたら3時間経っていた」「今日は疲れていたことに、夜になってやっと気づいた」「自分がどれくらいの時間をかけているか、やっている最中はまったくわからない」。こうした傾向は、メタ認知的モニタリングの特性と関連しています。
また、自分の得意・不得意のパターンを客観的に把握すること自体が難しいと感じる方もいます。「自分が何に引っかかっているのか、それ自体がわからない」というのは、メタ認知的知識を積み上げる段階での困難です。
ただし、大事なことがあります。メタ認知は、もともと持っている力だけで完結するものではありません。メタ認知は、意識的に育てることができる力です。自分のパターンを振り返る習慣をつけたり、信頼できる人にフィードバックをもらったり、記録をつけて自分の傾向を可視化したりすることで、後から伸ばしていくことができます。
「自分のことがわからない」という方は、今メタ認知の力が足りないのではなく、まだメタ認知を育てるための材料が揃っていないだけかもしれません。
高次脳機能障害では
脳卒中や交通事故などで脳に損傷を受けた方の場合、メタ認知に特有の変化が生じることがあります。
高次脳機能障害の分野で「自己認識の障害(Self-awareness deficit)」と呼ばれるもので、自分の状態や困難さを客観的に把握することが難しくなる場合があります。
たとえば、「自分は以前と変わらずできている」と感じているのに、実際には以前よりも時間がかかっていたり、手順を飛ばしてしまっていたりする。ご家族から「前とは違うよ」と言われても、ご本人にはその自覚がない。これはご本人が嘘をついているのでも、現実を見ようとしていないのでもなく、メタ認知の機能そのものが変化している状態です。
このような場合、ご本人だけでメタ認知を働かせることには限界があります。ご家族や支援者が「外からの鏡」の役割を担い、「今こういう状態だよ」と穏やかに伝えることが、メタ認知の代わりになることがあります。また、作業手順を写真つきのリストにしておく、タイマーで時間を区切るなど、外部の仕組みによってモニタリング機能を補うことも有効です。
メタ認知が「自分の中のもうひとりの自分」だとすれば、高次脳機能障害の方にとっては、周囲の人や仕組みが「外にいるもうひとりの自分」になれるということです。
疲れ・ストレス・加齢などでも
メタ認知は、体調や環境に大きく左右される力でもあります。
慢性的な疲労やストレスを抱えているとき、メタ認知の力は著しく低下します。「自分が疲れていることに気づけないほど疲れている」という状態は、まさにメタ認知が機能していない状態です。睡眠不足のときに「今日は判断力が落ちているから大事な決断は避けよう」と思えるのはメタ認知が働いている証拠ですが、睡眠不足がひどくなると、その判断すらできなくなります。
産後の時期や介護をしている方にも、同じことが言えます。自分のことを観察する余裕がないほど、目の前の誰かのケアに脳のリソースが注がれている。「自分がどうしたいか」を考える前に、「赤ちゃんが泣いている」「親の通院がある」という緊急度の高いタスクに意識が向き続ける。そうした時期に「自分を俯瞰してみましょう」と言われても、それはとても難しい注文です。
加齢による変化もあります。年齢を重ねるにつれて、自分のペースの変化や記憶の変化に気づきにくくなることがあります。「前はこれくらいの時間でできていたのに」という感覚と、実際にかかっている時間のずれが大きくなる。それ自体もメタ認知の変化のひとつです。
どんな背景であっても共通するのは、メタ認知は「余裕があるときに働きやすく、余裕がないときに働きにくい」ということです。だからこそ、余裕のあるときに自分のパターンを把握しておくことが、余裕がなくなったときの備えになります。「取扱説明書」を作っておく意味は、まさにそこにあります。
自分の「取扱説明書」を作る
シリーズ7回分の振り返りワーク
ここまで7回にわたってお話ししてきた実行機能の各要素を、ここで一度振り返ってみましょう。
これから紹介するのは、自分の実行機能の得意・不得意を把握するための簡易的なワークです。専門的なテストではありません。「自分にはこういう傾向がありそうだな」という手がかりをつかむためのものです。正解や合格点はありません。正直に、ありのままに振り返ってみてください。
以下の各項目について、「よくある」「ときどきある」「あまりない」の3段階で、自分の日常を振り返ってみてください。このワークは紙に書き出してもいいですし、下のセルフチェックを使えば、回答に合わせた個別レポート(PDF)を自動でお届けします。
1. 課題の開始(第1回)
「やらなきゃと思っているのに、なかなか始められない」
「締め切りや来客の直前にならないと動けない」
「始めるまでがとにかく大変だが、始めてしまえば意外と進む」
2. 注意の維持(第2回)
「片づけの途中で、気がつくと別のことをしていた」
「ひとつの作業を最後まで続けるのが難しい」
「途中で目に入ったものに引っ張られて、最初の目的を見失う」
3. ワーキングメモリ(第2回)
「何をしようとしていたか、途中で思い出せなくなる」
「複数の行き先や手順を頭の中で同時に保持するのが難しい」
「メモしておかないと忘れてしまう」
4. 計画と優先順位づけ(第3回)
「散らかった空間を見ると、どこから手をつけていいかわからなくなる」
「何を先にやるべきかの判断に時間がかかる」
「段取りを考えること自体で疲れてしまう」
5. 感情のコントロール(第4回)
「思い出のモノを手に取ると、作業が止まってしまう」
「感情が揺れると、そこから立て直すのに時間がかかる」
「モノへの気持ちが絡んで、判断が進まなくなる」
6. 反応の抑制(第5回)
「セールや限定品を見ると、つい買ってしまう」
「目に入ったものにすぐ反応して行動してしまう」
「”ちょっと待って”と自分にブレーキをかけるのが難しい」
7. 柔軟性(第5回)
「一度決めたやり方を変えるのに抵抗がある」
「うまくいかないとわかっていても、別の方法に切り替えにくい」
「”こうあるべき”という考えに縛られやすい」
8. 整理・体系化(第6回)
「モノの置き場所を決めても、そこに戻す習慣が定着しない」
「仕組みを作っても、複雑すぎて続かない」
「分類のルールを自分で考えるのが苦手」
9. 時間管理(第6回)
「”ちょっとだけ”のつもりが、気づくと何時間も経っている」
「作業にかかる時間の見積もりと実際が大きくずれる」
「”15分あれば終わる”と思ったことが1時間かかる」
10. メタ認知(今回)
「自分がどこで引っかかりやすいか、言語化するのが難しい」
「疲れていることに、疲れきってから気づく」
「自分に合ったやり方が何か、よくわからない」
SELF CHECK
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「得意」も「苦手」も書き出すことが出発点
振り返ってみて、いかがだったでしょうか。
「よくある」が多かった項目もあれば、「あまりない」がほとんどだった項目もあるのではないかと思います。大事なのは、その凸凹のパターンそのものです。
「全部できない」という人は、実はほとんどいません。反対に、「全部得意」という人もいません。誰にでも得意な部分と引っかかりやすい部分があって、その組み合わせは人によって異なります。
ここでぜひ、やってみていただきたいことがあります。
紙でもスマホのメモでも構いません。2つの欄を用意してください。
「自分が得意なこと(比較的スムーズにいくこと)」
「自分に工夫が要ること(引っかかりやすいこと)」
この2つの欄に、今の振り返りで気づいたことを書き出してみてください。
たとえば、こんなふうに。
「得意なこと:始めてしまえば集中できる。分類のルールを考えるのは好き」
「工夫が要ること:とにかく始めるまでが大変。時間の見積もりがいつもずれる」
あるいは、こんなふうにも。
「得意なこと:モノへの執着があまりなく、判断が早い」
「工夫が要ること:計画を立てようとすると頭がフリーズする。途中で別のことを始めてしまう」
書き方に正解はありません。自分の言葉で書いたものが、あなただけの「取扱説明書」の最初の一行になります。
ここで大切なのは、「苦手なこと」だけではなく「得意なこと」も書き出すことです。
実行機能の話をすると、どうしても「自分のできないところ探し」になりがちです。でも、できないところだけを見つめていると、気持ちがどんどん沈んでしまいます。「得意なところ」を自分で認識することは、それ自体がメタ認知の力を育てることであり、苦手な部分に向き合うための土台にもなります。
苦手な部分は仕組みで補う、人に頼る
「苦手なこと」が見えてきたら、次のステップは「それをどう補うか」を考えることです。
ここでひとつ、大事な前提をお伝えしておきたいと思います。
苦手な部分は、努力で克服しなければならないものではありません。
もちろん、練習や習慣化によって改善していくこともあります。でも、脳の特性に根ざした引っかかりの場合、「頑張ればできるはず」と自分を追い込むことは、かえって逆効果になることが多いのです。
では、どうするか。3つの方向性があります。
仕組みで補う。
「始められない」なら、毎日決まった時間にタイマーが鳴るようにする。「途中で迷子になる」なら、作業リストを紙に書いて見えるところに貼っておく。「時間の見積もりがずれる」なら、キッチンタイマーを使って「30分だけ」と区切る。「モノの住所が定着しない」なら、収納にラベルを貼る。
シリーズの各回で紹介してきた工夫の多くは、この「仕組みで補う」に該当します。自分の苦手なポイントに合った仕組みを選ぶことが大切です。すべての工夫がすべての人に合うわけではないからこそ、メタ認知で「自分にはどの仕組みが合いそうか」を見極めることが重要になります。
道具を活用する。
タイマー、リスト、ラベル、仕切りボックス、スマホのリマインダー、写真による記録。こうした道具は、脳の苦手な部分を外部から支える「自助具」のようなものです。
メガネをかけることを「甘え」とは言わないように、片づけの場面で道具を使うことは甘えではありません。自分の脳の特性を理解した上で、それに合った道具を選ぶ。それは、とても合理的で、自分を大切にする行為です。
人に頼る。
「自分ひとりでは難しい」という判断ができることも、メタ認知の力です。
家族や友人に「一緒にやってほしい」と頼む。あるいは、ライフオーガナイザーのような片づけの専門家にサポートを依頼する。プロの手を借りることは「自分ができない証拠」ではなく、「自分に必要な支援を自分で選んだ」ということです。
ライフオーガナイザーは、片づけの正解を教える仕事ではありません。その方の暮らし方、考え方、脳の特性に合わせて、「あなたに合ったやり方」を一緒に見つけていく仕事です。もし「自分だけでは取扱説明書が作りにくい」と感じたら、そういう専門家がいるということを覚えておいていただければと思います。
100人いたら100通りの片づけがある
このシリーズを通じて、何度もお伝えしてきたことがあります。
実行機能の得意・不得意の組み合わせは、人によって異なります。課題の開始が苦手な人もいれば、得意な人もいる。計画を立てるのが得意な人もいれば、そこに一番引っかかる人もいる。感情のコントロールに困難を感じる人もいれば、感情とモノの切り離しが上手な人もいる。
そして、同じ「課題の開始が苦手」な人でも、有効な対策は異なります。タイマーで区切るのが合う人もいれば、誰かと一緒にやることでエンジンがかかる人もいる。朝がいい人もいれば、夜のほうが動ける人もいる。小さな場所から始めるのがいい人もいれば、思い切って一気にやるほうが合う人もいる。
だから、「この方法が正解」という片づけ術は、存在しません。
あなたにとっての正解は、あなたの脳の得意・不得意と、あなたの暮らしの条件と、あなたが心地よいと感じるやり方の掛け合わせの中にしかありません。100人いたら100通りの片づけがある。それは、綺麗事ではなく、実行機能の個人差という事実に基づいた、当たり前の結論です。
「取扱説明書」に完成形はありません。暮らしが変われば、体調が変われば、年齢を重ねれば、脳のクセの出方も変わっていきます。だから、取扱説明書は何度でも書き直していいものです。今日書いたものが半年後には合わなくなっているかもしれない。そのときはまた、今の自分を観察し直せばいい。メタ認知は、一度きりの判定ではなく、ずっと続いていく営みです。
シリーズ全体のまとめと、これからの話
「やり方を知っているのにできない」のその先へ
このシリーズの第0回で、私はこんな言葉を紹介しました。
「やり方はわかっているんです。でも、できないんです」
片づけに悩む方から、いちばん多く聞いてきた言葉です。
あのとき私は、この言葉の裏側にあるものの正体を見ていきましょうとお伝えしました。7回にわたって、その正体をひとつずつ見てきました。
始められないのは、脳のエンジンのかかり方の問題だった。途中で止まるのは、注意とワーキングメモリの交差点で起きていた。どこから手をつけていいかわからないのは、計画を立てる力が圧倒されていた。モノに気持ちが絡まるのは、感情のコントロールという力が関わっていた。つい増やしてしまうのは、反応の抑制と柔軟性の問題だった。片づけたのに元に戻るのは、仕組みの維持と時間の管理、そしてルーティンの力が問われていた。
そして今回、最後にお話ししたのが、これらすべてを俯瞰する力としてのメタ認知です。
「やり方を知っているのにできない」の正体は、実行機能の得意・不得意にありました。そして、その得意・不得意を知り、自分に合ったやり方を選べるようになること。それがこのシリーズを通じてお伝えしたかったことのすべてです。
片づけの「やり方」は、世の中にたくさんあります。本にも、テレビにも、SNSにも、いくらでも情報はあります。でも、その情報の中から「自分に合うもの」を選べるようになるためには、まず自分を知らなければなりません。
自分の脳はどこが得意で、どこに引っかかりやすいのか。どんな場面で力が発揮しやすく、どんな条件で力が落ちるのか。どんな仕組みがあると助かり、どんな道具が自分に合うのか。
その答えは、あなたの中にしかありません。そして、その答えを見つける力がメタ認知であり、見つけた答えを書き留めたものが「取扱説明書」です。
あなたの暮らしは、あなたが決めていい
最後に、このシリーズを通じて私がいちばん伝えたかったことをお話しさせてください。
片づけは、あくまでも手段です。目的ではありません。
SNSに載っているような美しい部屋を目指す必要はないし、誰かが提唱する「正しい片づけ方」に合わせる必要もありません。あなたの暮らしが、あなたにとって心地よいものであれば、それでいいのです。
「片づけられない自分はダメだ」と、このシリーズを読む前に感じていた方がいらっしゃるかもしれません。でもここまで読んでくださった今、少しだけ見え方が変わっていたらいいなと思います。
あなたが片づけに引っかかるのは、あなたの性格の問題でも、やる気の問題でも、意志の弱さの問題でもありませんでした。あなたの脳には、あなただけの得意・不得意のパターンがあって、そのパターンに合わないやり方をしていただけかもしれない。
だとしたら、やることはひとつです。自分のパターンを知って、自分に合ったやり方を選ぶ。うまくいかなかったら、また別のやり方を試す。その繰り返しの中で、少しずつ「自分にとっての心地よい暮らし」を作っていく。
その道のりに、正解はありません。でも、間違いもありません。あなたが選んだやり方が、あなたにとっての正解です。
100人いたら100通りの脳のクセがあって、100通りの暮らしがあって、100通りの片づけがある。
あなたの暮らしは、あなたが決めていい。
このシリーズが、その最初の一歩のお手伝いになっていたら、とても嬉しいです。
出典・参考文献
- Dawson, P. & Guare, R. (2018). Executive Skills in Children and Adolescents (3rd ed.). Guilford Press.
- Dawson, P. & Guare, R. (2009). Smart but Scattered. Guilford Press.
- McCloskey, G., Perkins, L. A., & Van Divner, B. (2009). Assessment and Intervention for Executive Function Difficulties. Routledge.
- Diamond, A. (2013). Executive Functions. Annual Review of Psychology, 64, 135-168.
- Flavell, J. H. (1979). Metacognition and cognitive monitoring. American Psychologist, 34(10), 906-911.
- 森口佑介 (2019).『自分をコントロールする力 非認知スキルの心理学』講談社現代新書.

ライフオーガナイザー®として、特にADHD傾向のある方や片づけが苦手な方をサポート。完璧主義や罪悪感、思い込みなど、片づけの障害となる心理的要因に寄り添い、無理なく続けられる仕組みづくりを提案しています。
2012年からこの分野を学び、2023年にアメリカの専門団体「Institute for Challenging Disorganization®」にて日本人初のCPO-CDを取得。
「片づけの負担を減らし、自分らしい人生を楽しめる人を増やしたい」との思いで活動中。




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