片づけの途中で止まる。迷子になる。それは「注意」と「記憶」の交差点で起きている

引き出しを開けたら最後、30分後には別の部屋にいる

片づけの「迷子あるある」

週末の午前中、ふと思い立ってリビングの引き出しを開けたとします。

「この引き出し、ずっと気になっていたんだった」。よし、今日こそ整理しよう。中身を出し始めると、奥から古い電池が出てきた。「これ、まだ使えるかな。電池チェッカー、どこにしまったっけ」。キッチンの引き出しにあった気がして、そちらへ移動する。キッチンの引き出しを開けたら、期限切れの薬が目に入った。「これ、まとめておかないと」。薬箱のある洗面所へ向かう。洗面所に着いたら、棚の上のタオルが気になって「そういえばこのタオル、だいぶくたびれてきたな」と思い始める。

30分後。リビングの引き出しは中身が出たまま、キッチンの引き出しも半開き、洗面所にはタオルが積み上がっている。そしてあなたは、最初に何をしようとしていたのか思い出せなくなっている。

こういう経験、ありませんか。

私がこの14年間、お客さまのお宅に伺ってきたなかで、本当にたくさんの方から聞いてきた話です。「途中で別のことを始めてしまう」「気づくと関係ないことをしていた」「最初に何をやろうとしていたか見失ってしまう」。表現はそれぞれ違うのですが、起きていることはとてもよく似ています。

そして多くの方が、こう付け加えます。

「集中力がないんです、私」

「飽きっぽいんだと思います」

「やる気はあるんですけど、続かないんです」

気持ちはとてもよくわかります。でも、14年間いろいろな方のお宅で起きていることを見てきた者として言えるのは、これは「集中力の問題」でも「飽きっぽい性格」でもないということです。

途中で止まるのは、2つの力が関係している

片づけの途中で迷子になる現象には、脳の中で2つの力が関わっています。

ひとつは、「注意の維持」。もうひとつは、「ワーキングメモリ」です。

どちらも、このシリーズの第0回で紹介した実行機能の要素です。Dawson & Guareの12要素モデルでは、「注意の維持(Sustained Attention)」は5番目、「ワーキングメモリ(Working Memory)」は2番目に挙げられています。

この2つ、それぞれ違う力なのですが、片づけの現場ではセットで影響し合っていることが多いのです。注意が逸れるから記憶が飛ぶ。記憶の容量が溢れるから注意が散る。お互いに引っ張り合って、結果として「途中で止まる」「迷子になる」という状態を生み出しています。

今回は、この2つの実行機能を丁寧に見ていきながら、片づけの現場で実際に何が起きているのかを紐解いていきます。

注意の維持(Sustained Attention)とは

「集中力がない」とは少し違う話

注意の維持とは、「ある活動に意識を向け続ける力」です。特に、気が散ったり、退屈に感じたり、他のことに興味を引かれたりしても、目の前のことに注意を戻して持続させる力を指します。

「それって要するに集中力のことでしょう?」と思われるかもしれませんが、少し違います。

一般的に「集中力」と呼ばれているものは、かなりざっくりとした概念です。「集中している状態」にはいろいろな種類があって、脳科学の分野ではそれをいくつかに分けて考えます。

たとえば、「たくさんの情報の中から必要なものだけを選び取る力」は選択的注意と呼ばれます。教室で先生の声だけを聞き取る、あるいは散らかった引き出しの中から目当てのモノを見つける。そういう力です。

一方、注意の維持が指しているのは、「時間の経過とともに注意を持続させ続ける力」です。同じ作業を長い時間続ける力と言ってもいい。選択的注意が「何に注意を向けるか」の問題だとすると、注意の維持は「どれだけの時間、注意を向け続けられるか」の問題です。

片づけで問題になりやすいのは、後者のほうです。引き出しを開けた瞬間は集中できている。でも、10分、20分と経つうちに、注意がするすると別の方向へ流れていってしまう。その現象に関わっているのが、注意の維持という力です。

脳が「飽きる」仕組みと、片づけ作業の相性

注意の維持に関して理解しておきたいのは、脳は本来、「ひとつのことに長時間注意を向け続ける」のがあまり得意ではないということです。これは特定の人だけの話ではなく、人間の脳の基本的な性質です。

脳は常に周囲の環境をスキャンして、新しい情報や変化に反応するようにできています。進化の観点から言えば、ひとつのことに没頭しすぎるよりも、周囲の変化に素早く気づけるほうが生存に有利だったからです。つまり、「別のことに気を取られる」のは脳のバグではなく、むしろ脳の基本機能のひとつなのです。

ただ、その「気を取られやすさ」の度合いには、かなりの個人差があります。同じ環境にいても、30分間ずっと同じ作業を続けられる人もいれば、5分で注意が別のところに飛んでしまう人もいます。これは意志の強さの差ではなく、注意の維持という実行機能の個人差です。

そして、ここが大事な点なのですが、片づけという作業は、注意の維持にとって非常に厳しい条件が揃っています。

まず、片づけは「新しい刺激の宝庫」です。引き出しを開ければ、そこにはさまざまなモノが入っています。懐かしい手紙、忘れていた写真、行方不明だった小物。そのひとつひとつが、脳にとっては「新しい情報」であり、注意を引きつけるトリガーになります。片づけという作業そのものが、注意を逸らす要素に囲まれた環境で行われるわけです。

加えて、片づけは「繰り返し作業」でもあります。出す、見る、判断する、置く。この一連の動作を何十回、何百回と繰り返すことになる。繰り返しが多い作業ほど、脳は「飽き」を感じやすくなります。新鮮な刺激に引っ張られやすい脳の性質と、繰り返し作業の単調さが重なることで、注意の維持はいっそう難しくなるのです。

さらに、片づけには「明確な終わりの見えにくさ」があります。一つの引き出しを整理しても、次の引き出しがある。その次の棚がある。部屋全体がある。ゴールが遠くに見える作業では、脳がモチベーションを維持しにくくなります。「いつ終わるかわからない」という感覚が、注意の維持をさらに消耗させるのです。

片づけが「注意の維持」にとって過酷な作業だと知るだけで、「自分は集中力がないからダメだ」という自責から少し距離を取れるのではないかと思います。集中力がないのではなく、片づけという作業が、そもそも注意を維持しにくい構造を持っている。そう考えると、見えてくる景色が変わってきます。

ワーキングメモリ(Working Memory)とは

脳の「作業テーブル」の広さは人それぞれ

ワーキングメモリについては、第0回でも簡単に紹介しました。ここではもう少し詳しく見ていきます。

ワーキングメモリとは、情報を頭の中に一時的に保持しながら、それを操作したり使ったりする力のことです。認知心理学者のAlan Baddeleyが提唱したモデルは、ワーキングメモリの仕組みを理解するうえで世界的にもっとも広く使われています。Baddeleyは、ワーキングメモリを「情報の一時的な保持と操作を担う、容量に制限のあるシステム」と定義しました。

少しわかりやすく、日常の場面に置き換えてみましょう。

キッチンで料理をしているところを想像してください。今、鍋では煮物を作っています。同時にフライパンで炒めものもしている。まな板の上にはまだ切っていない野菜がある。そして冷蔵庫から出しておいた肉の下味がもうすぐ時間切れになる。こうした複数の情報を「頭の中のテーブル」に並べながら、どれを先にやるか判断して動く。そのとき使っているのがワーキングメモリです。

この「脳の作業テーブル」の広さには、個人差があります。

テーブルが広い人は、同時にいくつもの情報を載せて、それを眺めながら優先順位をつけたり、組み替えたりすることができます。テーブルが狭めの人は、載せられる情報の数が限られるため、新しい情報がひとつ入ってくると、前に載せていた情報が落ちてしまうことがあります。

研究の世界では、ワーキングメモリの容量はおおむね「4つ前後のまとまり(チャンク)」を同時に保持できると言われています。ただし、これは平均的な値であって、実際には人によってかなり幅があります。そして重要なのは、この容量は固定ではなく、体調やストレス、疲労、年齢などによっても変動するということです。

つまり、「いつもなら覚えていられることが、今日は抜けてしまう」という経験は、ワーキングメモリの容量が一時的に狭くなっている状態として理解できます。これは脳の仕組みとして自然なことであり、「物忘れがひどくなった」「ボケたんじゃないか」と悲観する必要はありません。

片づけ中、頭の中で何が起きているか

では、片づけの場面で、ワーキングメモリはどんなふうに働いているのでしょうか。少し具体的に見てみましょう。

クローゼットの整理をしているとします。ハンガーから服を一着取り出しました。このとき、頭の中では瞬時にたくさんの処理が始まります。

「これはいつ着たっけ」(過去の記憶を引き出す)。「今の生活に合うかな」(現在の基準と照合する)。「似たような服がもう一着あったはず」(別の情報を参照する)。「これは残すとして、どこにしまおう」(次の行動を計画する)。「さっき見た服と色が被るな」(先ほどの判断結果を保持する)。

たった一着の服を前にして、これだけの情報がワーキングメモリの「作業テーブル」に載っています。

そして片づけでは、これを何十着、何百個と繰り返すことになります。一つひとつのモノについて判断するたびに、テーブルの上の情報は入れ替わり、更新されていきます。テーブルが狭めの方にとって、この負荷がどれだけ大きいか、想像していただけるのではないでしょうか。

しかも、ワーキングメモリは「一時的な保持」の力です。ずっと覚えていられるわけではありません。クローゼットの中を整理しながら「あ、この服はリビングに持っていこう」と思ったとしても、次の服を手に取って判断しているうちに、さっきの「リビングに持っていく」という情報がテーブルから滑り落ちてしまうことがあります。

冒頭で紹介した「30分後に別の部屋にいる」現象は、まさにこれです。電池を見つけて「チェッカーを取りに行こう」と思った。キッチンに着いたら薬が目に入って、新しい情報がテーブルに載った。そのとき、「もともとは引き出しの整理をしていた」という情報がテーブルから落ちてしまった。悪意も怠けもありません。ワーキングメモリの仕組みとして、ごく自然に起きていることです。

ここで、注意の維持との関係も見えてきます。

注意が逸れると、ワーキングメモリに新しい情報が割り込んできます。すると、もともと保持していた情報が押し出されやすくなる。逆に、ワーキングメモリの容量が限界に近づくと、「今何をしていたか」を保持する余裕がなくなり、注意が別の方向に流れやすくなる。注意の維持とワーキングメモリは、お互いを支え合いながら、同時にお互いを揺さぶり合う関係にあるのです。

「途中で止まる」「迷子になる」は、この2つの力が交差するところで起きている。片づけの現場で感じる「あの感覚」の正体が、少し見えてきたのではないでしょうか。

こんな背景が関係していることがある

注意の維持やワーキングメモリに、なぜ個人差が生まれるのか。第0回で紹介した「3つの背景」から、今回のテーマに関わる部分を見ていきます。

もともとの脳の特性として

注意の維持やワーキングメモリの得意・不得意は、生まれながらの脳の特性として存在することがあります。

ADHDの傾向がある方の場合、注意の維持に困難を感じやすいことが広く知られています。「始めたのに途中で別のことに意識が飛んでしまう」「作業中にふと関係のないことを思い出して、そちらに引きずられてしまう」。こうした傾向は、ADHDの特性のなかでも特に日常生活に影響しやすい部分です。

ワーキングメモリについても同様です。ADHDの傾向がある方は、ワーキングメモリの容量が定型発達の方に比べて限られやすいという研究報告があります。片づけの最中に「さっき何をしようとしていたか忘れてしまう」「手順を覚えていられない」という経験が頻繁に起きるのは、ワーキングメモリの特性から理解できます。

ただし、ここでも大切なのは、これが「ある/ない」の二択ではないということです。ADHDのある方のなかにも、好きなことには何時間でも集中できる方がいます(これは「過集中」と呼ばれることもあります)。注意の維持の「しにくさ」は、活動の内容や環境によっても大きく変わります。

そして、ADHDという枠に当てはまらない方でも、「自分は途中で気が散りやすい」「何かを覚えながら別のことをするのが苦手」と感じている方はたくさんいます。注意の維持もワーキングメモリも、すべての人に強弱のグラデーションがある力です。

高次脳機能障害では

脳卒中や事故の後遺症として、注意の維持やワーキングメモリに変化が生じることがあります。高次脳機能障害のなかでも、注意に関する困難はもっとも出現頻度が高い症状のひとつとされています。

私がお宅に伺ったなかにも、脳卒中の後に「以前は普通にできていた家事の途中で、何をしていたか見失ってしまう」という方がいらっしゃいました。キッチンでお湯を沸かし始めて、その間に洗い物をしようとしたら、お湯を沸かしていたこと自体を忘れてしまう。以前なら当たり前にできていたことが、急にできなくなった戸惑いは、とても大きなものです。

高次脳機能障害による注意やワーキングメモリの変化は、外見からはまったくわかりません。周囲の方が「前はできていたのに、なぜ」と感じるのは自然なことですが、脳の損傷によって「同時に複数のことを処理する力」や「作業中に情報を保持する力」が変化している可能性があります。

こうした場合、暮らしの中でできる工夫と専門家のサポートを組み合わせることが大切です。この記事の後半で紹介する工夫は、高次脳機能障害のある方の暮らしにも応用できるものが多く含まれています。ご家族や支援者の方にも、参考になる部分があるのではないかと思います。

疲れ・ストレス・加齢などでも

注意の維持もワーキングメモリも、その日のコンディションに大きく左右される力です。

睡眠不足が続いているとき、仕事で強いストレスを抱えているとき、体調がすぐれないとき。そうした状態では、普段は問題なくできていることが急に難しくなることがあります。「いつもなら引き出しひとつくらい集中して片づけられるのに、今日はぜんぜんダメだ」。そういう日は、脳の実行機能が一時的に消耗している状態です。

産後の時期も、注意の維持とワーキングメモリが特に影響を受けやすい時期です。慢性的な睡眠不足に加えて、赤ちゃんの安全に常に注意を払い続けるだけで、脳の注意機能はフル稼働しています。そのうえで家事もこなそうとすれば、ワーキングメモリの容量はあっという間に限界に達します。「前は普通にできていたのに、最近ぜんぜん頭が回らない」と感じるお母さんは本当に多いのですが、それは脳が赤ちゃんのケアに全力を注いでいる結果であって、能力が落ちたわけではありません。

加齢もまた、ワーキングメモリに影響する要因のひとつです。年齢を重ねると、同時に保持できる情報の量が少しずつ変化していくことがあります。「最近、あれとこれを同時にやるのがしんどくなってきた」「買い物リストを覚えていられなくなった」。そういった変化は、加齢によるワーキングメモリの自然な変化として理解できます。

どの背景であっても、共通しているのは「自分を責める必要はない」ということです。注意の維持もワーキングメモリも、本人の努力だけでどうにかなる力ではありません。でも、仕組みを知って、自分に合った工夫を取り入れることはできます。

途中で迷子にならないための暮らしの工夫

ここからは、注意の維持とワーキングメモリの特性をふまえて、片づけの途中で迷子にならないための具体的な工夫を紹介していきます。

どれも、私がお客さまのお宅で実際に提案してきたものや、暮らしの中で効果が確認できたものです。ただし、工夫の合う・合わないは人それぞれです。全部を取り入れる必要はありません。「これは自分に合いそうだな」と感じるものがあれば、ひとつだけ試してみるところから始めてみてください。

作業エリアを「今日はここだけ」と物理的に区切る

注意が逸れやすい方にとって、「部屋全体を片づけよう」は、実はとてもハードルの高い目標です。視界に入る情報が多ければ多いほど、注意を引っ張るトリガーが増えるからです。別の棚が目に入ればそちらが気になるし、廊下を通れば別の部屋のことを思い出してしまう。

だから、作業するエリアを物理的に区切るのが効果的です。

「今日はこの引き出し1つだけ」。「この箱の中身だけ」。「この棚のこの段だけ」。

範囲を狭く限定することで、注意を向ける対象が減ります。注意を向ける対象が減れば、ワーキングメモリに載せておくべき情報も減る。結果として、「迷子になる」確率が下がります。

具体的には、引き出しを一つだけテーブルの上に出して、その引き出しだけを整理するという方法があります。それ以外の引き出しは開けない。開けたくなっても、今日はここだけと決めて、終わったらおしまい。範囲を物理的に区切ることで、「終わり」が明確になるのもポイントです。「ここまでやったら完了」というゴールが見えると、注意の維持はぐっと楽になります。

ある方は、作業する場所にマスキングテープで囲みを作っていました。「この枠の中だけが今日の持ち場」と決めることで、枠の外のことに気を取られにくくなったそうです。目に見える形で「境界」を作ってあげると、脳にとっても区切りがわかりやすくなります。

「仮置きボックス」で判断を後回しにする仕組み

片づけの途中で手が止まる原因のひとつに、「判断の渋滞」があります。

「これ、どうしよう」「ここに置くべきか、別の場所がいいか」「使うかもしれないけど、最近使ってないし」。こうした判断をひとつずつ求められるたびに、ワーキングメモリのテーブルが「どうしよう」でいっぱいになります。テーブルが埋まってしまうと、脳は「もう考えたくない」とシャットダウンを始めます。これが、「途中で手が止まる」「やる気がなくなる」という状態の正体のひとつです。

そこで効果的なのが、「仮置きボックス」を使う方法です。

空いた段ボールでも、紙袋でも、プラスチックのカゴでもかまいません。作業エリアの横に1つ置いておいて、「今すぐ判断できないモノ」はそこにどんどん入れていきます。

ルールはシンプルです。「3秒で判断がつかなかったら、仮置きボックスへ」。

これは、ワーキングメモリを「外部化」する工夫です。頭の中のテーブルに「あとで考える」案件を載せ続けるのではなく、物理的な箱に移してしまう。テーブルの上から下ろすことで、脳に空きスペースを作るのです。

仮置きボックスに入れたモノは、その日の片づけが終わった後で、改めて向き合えばいい。疲れていない日に、時間をとって判断すればいい。「今日じゃなくていい判断」と「今日やるべき判断」を分けるだけで、片づけの途中で止まる回数はかなり減ります。

ただし、仮置きボックスは「永久に置いておく箱」ではありません。1週間後でも、月末でもいいので、「この箱を見直す日」を決めておくことが大切です。「仮置き」のまま時間が経ちすぎると、結局もう一つの「散らかりスポット」になってしまう。期限を決めておくことで、仮置きボックスは「一時退避の仕組み」として機能し続けます。

作業の途中経過を「見える化」する

ワーキングメモリの容量には限りがあります。だからこそ、「頭の中だけで管理する」のをやめて、外に出す工夫が有効です。

たとえば、作業を始める前にスマホで「ビフォー写真」を撮っておく。作業の途中でも、区切りのいいところで一枚撮っておく。終わったら「アフター写真」を撮る。これだけで、「自分がどこまでやったか」が目に見える形で記録されます。

写真を撮る意味は、記念や達成感だけではありません。途中で作業を中断したとき、「どこまでやったっけ」を思い出す手がかりになるのです。ワーキングメモリに頼らずに、「前回はここまでやった」を確認できる。これはワーキングメモリの外部化として、とても実用的な方法です。

もうひとつの方法は、簡単なチェックリストを作ることです。

大げさなものでなくてかまいません。付箋に「引き出しの中身を出す」「似たものをまとめる」「戻すものを決める」「しまう」と4項目書いて、引き出しの横に貼っておく。終わった項目に線を引いていく。それだけで、ワーキングメモリが担っていた「次に何をすればいいか」の管理を、紙の上に移すことができます。

「これくらいのこと、わざわざ書かなくても覚えていられるでしょう」と思うかもしれません。でも、片づけの最中は想像以上にたくさんの情報がワーキングメモリに流れ込んできます。「覚えていられるはず」の情報ほど、別の判断に気を取られた瞬間に飛んでしまうものです。だからこそ、「忘れてもいい仕組み」を作っておくことに意味があります。

ちなみに、お客さまのなかには、作業中に独り言を言いながら進める方もいらっしゃいます。「よし、この引き出しの中身を全部出したぞ。次は似たものをまとめる」と声に出す。これも立派なワーキングメモリの外部化です。頭の中だけで処理しようとしないで、声や文字や写真の力を借りる。それは「自分のワーキングメモリの容量を知ったうえでの、賢い工夫」です。

BGMやタイマーで時間の枠を作る

注意の維持が難しい方にとって、「終わりの見えない作業」は大敵です。ゴールが見えないと、脳は「いつまでこれを続ければいいの?」という不安を感じ、注意を維持するためのエネルギーを消耗しやすくなります。

そこで、時間で枠を作るという工夫が効果的です。

もっともシンプルな方法は、タイマーを使うこと。「25分だけやる」と決めて、タイマーをセットして始める。タイマーが鳴ったら、途中でも手を止めて5分休憩する。これはポモドーロ・テクニックと呼ばれる時間管理法をベースにした考え方ですが、片づけにもとてもよく合います。

25分でなくてもかまいません。15分でも、10分でも。自分が集中を維持できる長さに設定することが大切です。「25分は長すぎる」と感じるなら15分に。「15分でもきつい」なら10分に。短くても全然かまいません。短い時間でも区切りをつけて「ここまでできた」と確認できることのほうが、ずっと大事です。

タイマーは「終わりの合図」であると同時に、「ここまで頑張れたという確認の合図」でもあります。注意の維持が苦手な方にとって、「今日も途中で投げ出してしまった」という経験を繰り返すのはつらいことです。でも、最初から「15分だけやる」と決めていれば、15分で止めても「ちゃんと15分やりきった」と思えます。設定した時間を全うできた、という小さな成功体験が、次の片づけへのハードルを下げてくれます。

BGMを使うのもひとつの方法です。お気に入りのアルバムを1枚かけて、「このアルバムが終わるまで」と決める。音楽が時間の経過を感覚的に教えてくれるので、「今どれくらい時間が経ったか」をワーキングメモリで管理する必要がなくなります。歌詞のない音楽のほうが注意を持っていかれにくいという方もいれば、好きな曲のほうがテンションが上がって続けやすいという方もいます。これも人それぞれですので、いろいろ試してみてください。

もうひとつ、タイマーやBGMと合わせて効果的なのが、「脱線しそうなモノを先に退避させる」ことです。

片づけを始める前に、作業エリアの中にある「注意を引きそうなモノ」を、あらかじめ視界の外に出しておくのです。スマホを別の部屋に置く。読みかけの本を引き出しの奥にしまう。子どもの頃の写真アルバムが出てきそうな引き出しは、今日は開けない。

注意の維持が難しいとわかっているなら、「注意を引くもの」自体を減らしてしまえばいい。脳のクセに正面から立ち向かうのではなく、環境のほうを整えてあげる。その発想が、暮らしの工夫の基本になります。

まとめにかえて

片づけの途中で止まってしまう。迷子になってしまう。その現象は、「集中力がない」の一言で片づけてしまえるものではありません。注意の維持とワーキングメモリという、2つの実行機能が交差するところで起きている、脳の仕組みに由来する現象です。

注意の維持は、時間の経過とともにひとつのことに意識を向け続ける力。ワーキングメモリは、必要な情報を頭の中に保持しながら操作する力。この2つが互いに支え合い、同時に揺さぶり合いながら、片づけという行為を支えています。

そして、この2つの力には、誰にでも個人差があります。もともとの脳の特性として。脳の損傷による変化として。疲労やストレス、加齢や産後といった一時的な状態として。どの背景であれ、「途中で止まる自分」を責める必要はありません。

大切なのは、自分の脳のクセを知ったうえで、環境や仕組みの側を調整することです。

作業エリアを物理的に区切って、注意を向ける対象を減らす。仮置きボックスを使って、判断の負荷をワーキングメモリから外に出す。写真やチェックリストで途中経過を見える化して、「頭で覚えておく」をやめる。タイマーやBGMで時間の枠を作って、注意の維持をサポートする。

どの工夫も、「脳に頑張らせる」のではなく、「脳の負担を減らす」方向の工夫です。自分の脳のクセに逆らうのではなく、クセを知ったうえで環境を整える。それが、途中で迷子にならない暮らしの作り方だと、私は思っています。

100人いたら100通りの「迷子のなり方」があります。だから、抜け出し方も100通りあっていい。この記事で紹介した工夫のなかから、「自分に合いそうだな」と思えるものがひとつでもあれば、ぜひ小さく試してみてください。

次回、第3回のテーマは「計画と優先順位づけ」。散らかった部屋を前にして、「どこから手をつければ…」とフリーズしてしまうとき、脳の中では何が起きているのか。その仕組みと工夫を見ていきます。


出典・参考文献

  • Dawson, P. & Guare, R. (2018). Executive Skills in Children and Adolescents (3rd ed.). Guilford Press.
  • Dawson, P. & Guare, R. (2009). Smart but Scattered. Guilford Press.
  • Diamond, A. (2013). Executive Functions. Annual Review of Psychology, 64, 135-168.
  • Baddeley, A. (2003). Working memory: looking back and looking forward. Nature Reviews Neuroscience, 4(10), 829-839.
  • 森口佑介 (2019).『自分をコントロールする力』講談社現代新書.
吉村

ライフオーガナイザー®として、特にADHD傾向のある方や片づけが苦手な方をサポート。完璧主義や罪悪感、思い込みなど、片づけの障害となる心理的要因に寄り添い、無理なく続けられる仕組みづくりを提案しています。
2012年からこの分野を学び、2023年にアメリカの専門団体「Institute for Challenging Disorganization®」にて日本人初のCPO-CDを取得。
「片づけの負担を減らし、自分らしい人生を楽しめる人を増やしたい」との思いで活動中。